欲望を語るということ
先日の星願で出張編集部に行って漫画を見てもらったときに、こんなことを言われました。
この「フェチが足りない、執心が足りない」という趣旨の指摘が、ずっと頭に残っています。
上手い絵を描きたいし、上手い漫画を描きたい(もちろん上手い小説も書きたい!)そのために、人体や構図、コマ割りや物語の構成など、勉強したいことはたくさんあります。ただ、そこからもう一歩進むためには、自分のフェチズム、つまり「私は何を見たいのか」という欲望にも、真剣に向き合う必要があるのだと感じました。
もちろん、好きだから書いて/描いています。文仙が好きで、この二人の有り様を見たくて同人活動を再開しました。公開した作品には、おそらく自分でも言語化できていない癖が、自然と織り込まれていると思います。
しかし、そこにあるものを自分で把握して、どこをどう見せれば伝わるのかまで考えられているかというと、まだ曖昧なところが多い。「文仙ってええんです」という大きな気持ちの中に、いろいろなものをまとめてしまっていた気がします。「文仙の何がいいのか?」「二人にどうあってほしいのか?」「その場面の何をどうして見たいのか?」が最近ふんわりしているのではないか……?
編集さんの指摘を受けて、これまでに作った本を振り返って見ました。
一作目の短編小説集は、書きながら「自分は文仙の何に萌えているのか」「文仙にどうあってほしいのか」を考えていたように思います。マジで勢いで、走りながら考えていた。一つの話を書くたびに、自分の好みを少しずつ確かめていくようなところがありました。
一方、三作目の現パロ小説と、五作目にあたる漫画は、中長編ということもあり、かなり構築的にプロットを作っています。人物の行動に筋が通っているか。出来事がどうつながるか。どこで何を伝えれば、読者に物語を追ってもらえるか。
その中にももちろん萌えは織り交ぜているのですが(こういう場面が見たいんだよォーッ!)考える領域として、フェチよりも技術の比重が大きくなっていた気がします。話を成立させるために考えることが増えて、自分がその話のどこにいちばん興奮しているのかを、立ち止まって確かめる時間が少なくなっていたのかもしれないです。
そこで今、練習としてやってみたいと思っているのが、「癖をハンドリングして演出する」ということです。できるかわかんないですが、自分の書いたものにもっと萌え狂うために、一度ちゃんと取り組んでみたいなと思っています。
まずは、無意識に繰り返し書いているものを、自分で見つける。そこから「この場面の何にいちばん萌えているのか」を掘って、その部分をどう見せるかまで考えてみたいです。触れ合う二人が見たいとして、その手が相手のどこに、どんな強さで触れていてほしいのか。触れられた方はどんな顔をしていて、その顔を相手に見せるのか、見せないのか。そこを自分が納得するまで具体的にして、文章なら何に言葉を費やすか、漫画なら何を大きく描いて、どこで間を取るかを選んでいく……みたいな。
そうやって「ここはさらっと流せない」「この仕草だけは見てほしい」という箇所を、自分でわかっていたいなと思っています。「譲れない箇所」を作るというのは、自分にとっては、そういうことなのではないかと思いました。
実はこれまで、自分に対して「萌えツイートをするなら作品にしろ」と思っていたところがありました。語って満足する前に、書け/描けばいい。そういう刃を、わりと自分に向けていた気がします。
でも、言葉にしてみることで初めてわかる「好き」もあるよなと考え直しました。なぜこの二人の、このやり取りに惹かれるのか。何気なく好きだと思った場面に、どんな期待を重ねているのか。そうしたことを作品の外で考える時間にも、意味がある。その過程をずいぶん省略していたのかもなーと思い至りました。
で、振り返ってみると四作目の140字小説集は、かなり「フェチの原液」のような側面がありました。
140字では、書けることが限られています。背景を十分に説明することも、出来事をいくつも重ねることも難しい。その中で、それでも残したかった仕草や距離、言葉がある。そこを読み返すと、自分が二人の何を見たかったのかが、案外はっきり出ているように感じます。
(室町)
(現パロ)
二人が触れ合うのって、愛を伝え合うのではなく、生存確認の側面が強くあって欲しいという癖と、文字でしか記録ができない室町では声の記憶の比重が大きいだろうということと、生死の間(死の間際に聴覚だけが残るとされている)を現代でも表現したくて「抱き合うことと声」が重奏した例です。
(現パロ)
これは生活のどこかに文仙がいて欲しい!!!という強い気持ちで書いた話です。満車の赤に照らされる二人の絵が浮かんでた。
どういう関係性の二人が見たいか、ということ以上に、私の場合は、室町の自然の中に、現代の街の中に、確かに生活して存在している二人が見たい、という欲求が強いようです。
たとえば、この「満車の赤に照らされる二人」を漫画にするなら、私はその赤い光を、二人の顔や服のどこに落としたいのだろう。街の中にいる二人を、どれくらいの距離から見たいのだろう。「生活のどこかに文仙がいてほしい」という欲望がわかると、画面を作るときに考えたいことも具体的になってくる。こういうところを一つずつ選んでいくことが、今やってみたい「癖を演出する」練習なのだと思います。
書いたときから、すべてを意識していたわけではありません。「この場面が見たい」と思って書いたものを並べたら、自分の欲望の輪郭が見えてくることもあるのだと思います。
これからは、自分が文仙のどこをいいと思っているのか、もう少し積極的に言葉にしていきたい!言葉にしてみて、少し違うと思うかもしれない。書いているうちに、もっと違うことを望んでいたと気づくかもしれない。そうしてわかったことを、次の小説や漫画に戻していけたらなーと。また言葉そのものも、みんなと共有したいなと思っています。SNSに書けば、折に触れて自分で見返すし……
今ある作品にも、自分の好きなものは入っているはずです。それをもっと意識的に、読んでくださった方にも届く形で描けるようになりたいなーという欲が芽生えてきた今日この頃です。
「文仙ってええんです」の、その先を、もう少し細かく言葉にしてみる。まずはそこから始めようと思います。
今回紹介した作品は、140字小説集『Image à la Sauvette』に収録しています。現代の文仙を描いた『ステイ・ゴールド』と、室町の文仙を描いた『ダンス・イン・ザ・ダーク』。短い場面を一つずつ集めた本です。気になる一編がありましたら、ほかの作品ものぞいていただけますと幸いです。
🐯 https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/0...
BOOTH https://n-heterotopia.booth.pm/items/820...
先日の星願で出張編集部に行って漫画を見てもらったときに、こんなことを言われました。
「まりなさんはそつなくなんでも描ける人だと思うのですが(筆者註:断じてそんなことはない)、絵にフェチが足りない。譲れない箇所が欲しい」
この「フェチが足りない、執心が足りない」という趣旨の指摘が、ずっと頭に残っています。
上手い絵を描きたいし、上手い漫画を描きたい(もちろん上手い小説も書きたい!)そのために、人体や構図、コマ割りや物語の構成など、勉強したいことはたくさんあります。ただ、そこからもう一歩進むためには、自分のフェチズム、つまり「私は何を見たいのか」という欲望にも、真剣に向き合う必要があるのだと感じました。
もちろん、好きだから書いて/描いています。文仙が好きで、この二人の有り様を見たくて同人活動を再開しました。公開した作品には、おそらく自分でも言語化できていない癖が、自然と織り込まれていると思います。
しかし、そこにあるものを自分で把握して、どこをどう見せれば伝わるのかまで考えられているかというと、まだ曖昧なところが多い。「文仙ってええんです」という大きな気持ちの中に、いろいろなものをまとめてしまっていた気がします。「文仙の何がいいのか?」「二人にどうあってほしいのか?」「その場面の何をどうして見たいのか?」が最近ふんわりしているのではないか……?
編集さんの指摘を受けて、これまでに作った本を振り返って見ました。
一作目の短編小説集は、書きながら「自分は文仙の何に萌えているのか」「文仙にどうあってほしいのか」を考えていたように思います。マジで勢いで、走りながら考えていた。一つの話を書くたびに、自分の好みを少しずつ確かめていくようなところがありました。
一方、三作目の現パロ小説と、五作目にあたる漫画は、中長編ということもあり、かなり構築的にプロットを作っています。人物の行動に筋が通っているか。出来事がどうつながるか。どこで何を伝えれば、読者に物語を追ってもらえるか。
その中にももちろん萌えは織り交ぜているのですが(こういう場面が見たいんだよォーッ!)考える領域として、フェチよりも技術の比重が大きくなっていた気がします。話を成立させるために考えることが増えて、自分がその話のどこにいちばん興奮しているのかを、立ち止まって確かめる時間が少なくなっていたのかもしれないです。
そこで今、練習としてやってみたいと思っているのが、「癖をハンドリングして演出する」ということです。できるかわかんないですが、自分の書いたものにもっと萌え狂うために、一度ちゃんと取り組んでみたいなと思っています。
まずは、無意識に繰り返し書いているものを、自分で見つける。そこから「この場面の何にいちばん萌えているのか」を掘って、その部分をどう見せるかまで考えてみたいです。触れ合う二人が見たいとして、その手が相手のどこに、どんな強さで触れていてほしいのか。触れられた方はどんな顔をしていて、その顔を相手に見せるのか、見せないのか。そこを自分が納得するまで具体的にして、文章なら何に言葉を費やすか、漫画なら何を大きく描いて、どこで間を取るかを選んでいく……みたいな。
そうやって「ここはさらっと流せない」「この仕草だけは見てほしい」という箇所を、自分でわかっていたいなと思っています。「譲れない箇所」を作るというのは、自分にとっては、そういうことなのではないかと思いました。
実はこれまで、自分に対して「萌えツイートをするなら作品にしろ」と思っていたところがありました。語って満足する前に、書け/描けばいい。そういう刃を、わりと自分に向けていた気がします。
でも、言葉にしてみることで初めてわかる「好き」もあるよなと考え直しました。なぜこの二人の、このやり取りに惹かれるのか。何気なく好きだと思った場面に、どんな期待を重ねているのか。そうしたことを作品の外で考える時間にも、意味がある。その過程をずいぶん省略していたのかもなーと思い至りました。
で、振り返ってみると四作目の140字小説集は、かなり「フェチの原液」のような側面がありました。
140字では、書けることが限られています。背景を十分に説明することも、出来事をいくつも重ねることも難しい。その中で、それでも残したかった仕草や距離、言葉がある。そこを読み返すと、自分が二人の何を見たかったのかが、案外はっきり出ているように感じます。
(室町)
夢の中でお前の声が聞こえる。朗々として伸びやかで、頼もしくて愛おしい。私は時折、声の手を取る。すると、何度も何度も私の名前を呼ぶのだ。抱き止められたまま、もう一度眠りにつく。
でもその声は、決して歳を取ることがない。一五歳のまま、少しずつ誰かの音に混じって形を失っていった。
(現パロ)
仙蔵の形をなぞる。物差しにするために。触れて、覚えて、確かめて、抱きしめる。
それでも足りなくて。記憶に一番残るのは聴覚だっていうから、声を出して、聞かせて、俺の名前を呼んでとねだった。
それでも怖くて、寂しくて。やだ、って一つ溢れたら止まらなくて。仙蔵、やだよ、離れたくないんだ。
二人が触れ合うのって、愛を伝え合うのではなく、生存確認の側面が強くあって欲しいという癖と、文字でしか記録ができない室町では声の記憶の比重が大きいだろうということと、生死の間(死の間際に聴覚だけが残るとされている)を現代でも表現したくて「抱き合うことと声」が重奏した例です。
(現パロ)
駐車場の「満」の赤に照らされて、命の前借りだと仙蔵に笑われながら、自販機で買ったエナジードリンクを飲む。
仮に前世があるならば、転生前の俺たちは極楽へも地獄へも行けなくて、今にたどり着いたのだろう。
太く短く生きれば、空きに恵まれるかもしれない、少なくともどっちかは。
これは生活のどこかに文仙がいて欲しい!!!という強い気持ちで書いた話です。満車の赤に照らされる二人の絵が浮かんでた。
どういう関係性の二人が見たいか、ということ以上に、私の場合は、室町の自然の中に、現代の街の中に、確かに生活して存在している二人が見たい、という欲求が強いようです。
たとえば、この「満車の赤に照らされる二人」を漫画にするなら、私はその赤い光を、二人の顔や服のどこに落としたいのだろう。街の中にいる二人を、どれくらいの距離から見たいのだろう。「生活のどこかに文仙がいてほしい」という欲望がわかると、画面を作るときに考えたいことも具体的になってくる。こういうところを一つずつ選んでいくことが、今やってみたい「癖を演出する」練習なのだと思います。
書いたときから、すべてを意識していたわけではありません。「この場面が見たい」と思って書いたものを並べたら、自分の欲望の輪郭が見えてくることもあるのだと思います。
これからは、自分が文仙のどこをいいと思っているのか、もう少し積極的に言葉にしていきたい!言葉にしてみて、少し違うと思うかもしれない。書いているうちに、もっと違うことを望んでいたと気づくかもしれない。そうしてわかったことを、次の小説や漫画に戻していけたらなーと。また言葉そのものも、みんなと共有したいなと思っています。SNSに書けば、折に触れて自分で見返すし……
今ある作品にも、自分の好きなものは入っているはずです。それをもっと意識的に、読んでくださった方にも届く形で描けるようになりたいなーという欲が芽生えてきた今日この頃です。
「文仙ってええんです」の、その先を、もう少し細かく言葉にしてみる。まずはそこから始めようと思います。
今回紹介した作品は、140字小説集『Image à la Sauvette』に収録しています。現代の文仙を描いた『ステイ・ゴールド』と、室町の文仙を描いた『ダンス・イン・ザ・ダーク』。短い場面を一つずつ集めた本です。気になる一編がありましたら、ほかの作品ものぞいていただけますと幸いです。
🐯 https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/0...
BOOTH https://n-heterotopia.booth.pm/items/820...