2026年9月

私を構成する9つの〇〇シリーズ

自己紹介がてら並べようと思います。


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漫画を描く自我を構成しているって感じです。そういう意味で何度も読み返しています。畳む


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これも漫画や小説を書く自我を構成している映画ですね。ちいかわが食い込んできた。畳む


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好き。畳む


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世代がバレるな! 任天堂ユーザーでしたが据え置き機に親しみがない人のラインナップですね畳む


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https://www.cuemy.jp/cue/yMlRZ7NPLzY32
こちらは使ったサービスが一言コメントをつけるというものだったので、簡単に書いています。全体的に暗い、というかダウナー系メンヘラ感が出ていますね 恥ずかしいが、構成しているのは間違いないので……畳む



ありがたいことに小説何読まれるんですか!?って聞かれるのですが、見ての通り、海外文学の占める比重が高めでございます。日本の作家はマジで安部公房と西尾維新と山崎豊子以外はほとんど読んだことない気がする……。あとは星新一かな。村上春樹はエッセイの方が好きだしな。本当は入れたい本があったのですが、リストになかった。しょうがない。畳む

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編集

欲望を語るということ

先日の星願で出張編集部に行って漫画を見てもらったときに、こんなことを言われました。
「まりなさんはそつなくなんでも描ける人だと思うのですが(筆者註:断じてそんなことはない)、絵にフェチが足りない。譲れない箇所が欲しい」
この「フェチが足りない、執心が足りない」という趣旨の指摘が、ずっと頭に残っています。
上手い絵を描きたいし、上手い漫画を描きたい(もちろん上手い小説も書きたい!)そのために、人体や構図、コマ割りや物語の構成など、勉強したいことはたくさんあります。ただ、そこからもう一歩進むためには、自分のフェチズム、つまり「私は何を見たいのか」という欲望にも、真剣に向き合う必要があるのだと感じました。

もちろん、好きだから書いて/描いています。文仙が好きで、この二人の有り様を見たくて同人活動を再開しました。公開した作品には、おそらく自分でも言語化できていない癖が、自然と織り込まれていると思います。

しかし、そこにあるものを自分で把握して、どこをどう見せれば伝わるのかまで考えられているかというと、まだ曖昧なところが多い。「文仙ってええんです」という大きな気持ちの中に、いろいろなものをまとめてしまっていた気がします。「文仙の何がいいのか?」「二人にどうあってほしいのか?」「その場面の何をどうして見たいのか?」が最近ふんわりしているのではないか……?

編集さんの指摘を受けて、これまでに作った本を振り返って見ました。

一作目の短編小説集は、書きながら「自分は文仙の何に萌えているのか」「文仙にどうあってほしいのか」を考えていたように思います。マジで勢いで、走りながら考えていた。一つの話を書くたびに、自分の好みを少しずつ確かめていくようなところがありました。

一方、三作目の現パロ小説と、五作目にあたる漫画は、中長編ということもあり、かなり構築的にプロットを作っています。人物の行動に筋が通っているか。出来事がどうつながるか。どこで何を伝えれば、読者に物語を追ってもらえるか。
その中にももちろん萌えは織り交ぜているのですが(こういう場面が見たいんだよォーッ!)考える領域として、フェチよりも技術の比重が大きくなっていた気がします。話を成立させるために考えることが増えて、自分がその話のどこにいちばん興奮しているのかを、立ち止まって確かめる時間が少なくなっていたのかもしれないです。

そこで今、練習としてやってみたいと思っているのが、「癖をハンドリングして演出する」ということです。できるかわかんないですが、自分の書いたものにもっと萌え狂うために、一度ちゃんと取り組んでみたいなと思っています。

まずは、無意識に繰り返し書いているものを、自分で見つける。そこから「この場面の何にいちばん萌えているのか」を掘って、その部分をどう見せるかまで考えてみたいです。触れ合う二人が見たいとして、その手が相手のどこに、どんな強さで触れていてほしいのか。触れられた方はどんな顔をしていて、その顔を相手に見せるのか、見せないのか。そこを自分が納得するまで具体的にして、文章なら何に言葉を費やすか、漫画なら何を大きく描いて、どこで間を取るかを選んでいく……みたいな。

そうやって「ここはさらっと流せない」「この仕草だけは見てほしい」という箇所を、自分でわかっていたいなと思っています。「譲れない箇所」を作るというのは、自分にとっては、そういうことなのではないかと思いました。

実はこれまで、自分に対して「萌えツイートをするなら作品にしろ」と思っていたところがありました。語って満足する前に、書け/描けばいい。そういう刃を、わりと自分に向けていた気がします。

でも、言葉にしてみることで初めてわかる「好き」もあるよなと考え直しました。なぜこの二人の、このやり取りに惹かれるのか。何気なく好きだと思った場面に、どんな期待を重ねているのか。そうしたことを作品の外で考える時間にも、意味がある。その過程をずいぶん省略していたのかもなーと思い至りました。

で、振り返ってみると四作目の140字小説集は、かなり「フェチの原液」のような側面がありました。
140字では、書けることが限られています。背景を十分に説明することも、出来事をいくつも重ねることも難しい。その中で、それでも残したかった仕草や距離、言葉がある。そこを読み返すと、自分が二人の何を見たかったのかが、案外はっきり出ているように感じます。

(室町)
 夢の中でお前の声が聞こえる。朗々として伸びやかで、頼もしくて愛おしい。私は時折、声の手を取る。すると、何度も何度も私の名前を呼ぶのだ。抱き止められたまま、もう一度眠りにつく。
 でもその声は、決して歳を取ることがない。一五歳のまま、少しずつ誰かの音に混じって形を失っていった。


(現パロ)
 仙蔵の形をなぞる。物差しにするために。触れて、覚えて、確かめて、抱きしめる。
 それでも足りなくて。記憶に一番残るのは聴覚だっていうから、声を出して、聞かせて、俺の名前を呼んでとねだった。
 それでも怖くて、寂しくて。やだ、って一つ溢れたら止まらなくて。仙蔵、やだよ、離れたくないんだ。


二人が触れ合うのって、愛を伝え合うのではなく、生存確認の側面が強くあって欲しいという癖と、文字でしか記録ができない室町では声の記憶の比重が大きいだろうということと、生死の間(死の間際に聴覚だけが残るとされている)を現代でも表現したくて「抱き合うことと声」が重奏した例です。

(現パロ)
 駐車場の「満」の赤に照らされて、命の前借りだと仙蔵に笑われながら、自販機で買ったエナジードリンクを飲む。
 仮に前世があるならば、転生前の俺たちは極楽へも地獄へも行けなくて、今にたどり着いたのだろう。
 太く短く生きれば、空きに恵まれるかもしれない、少なくともどっちかは。


これは生活のどこかに文仙がいて欲しい!!!という強い気持ちで書いた話です。満車の赤に照らされる二人の絵が浮かんでた。
どういう関係性の二人が見たいか、ということ以上に、私の場合は、室町の自然の中に、現代の街の中に、確かに生活して存在している二人が見たい、という欲求が強いようです。

たとえば、この「満車の赤に照らされる二人」を漫画にするなら、私はその赤い光を、二人の顔や服のどこに落としたいのだろう。街の中にいる二人を、どれくらいの距離から見たいのだろう。「生活のどこかに文仙がいてほしい」という欲望がわかると、画面を作るときに考えたいことも具体的になってくる。こういうところを一つずつ選んでいくことが、今やってみたい「癖を演出する」練習なのだと思います。

書いたときから、すべてを意識していたわけではありません。「この場面が見たい」と思って書いたものを並べたら、自分の欲望の輪郭が見えてくることもあるのだと思います。

これからは、自分が文仙のどこをいいと思っているのか、もう少し積極的に言葉にしていきたい!言葉にしてみて、少し違うと思うかもしれない。書いているうちに、もっと違うことを望んでいたと気づくかもしれない。そうしてわかったことを、次の小説や漫画に戻していけたらなーと。また言葉そのものも、みんなと共有したいなと思っています。SNSに書けば、折に触れて自分で見返すし……

今ある作品にも、自分の好きなものは入っているはずです。それをもっと意識的に、読んでくださった方にも届く形で描けるようになりたいなーという欲が芽生えてきた今日この頃です。

「文仙ってええんです」の、その先を、もう少し細かく言葉にしてみる。まずはそこから始めようと思います。

今回紹介した作品は、140字小説集『Image à la Sauvette』に収録しています。現代の文仙を描いた『ステイ・ゴールド』と、室町の文仙を描いた『ダンス・イン・ザ・ダーク』。短い場面を一つずつ集めた本です。気になる一編がありましたら、ほかの作品ものぞいていただけますと幸いです。

🐯 https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/0...
BOOTH https://n-heterotopia.booth.pm/items/820...

編集

忍FES. 39 お疲れ様でした

長編漫画90ページが仕上げまで終わったのが7月末で、あれ……これ12月のオンリーを待たずに、9月のイベントに出せばいいのでは!?早くオタクに会いたい〜!と気づいて急遽申し込んだイベントでした。突然の一人参加だったので心細さから入稿後ブルーになってたのですが、総じて楽しかったです!お越しいただいた方本当にありがとうございました!

イベント前ブルーについて
毎回イベント前は「誰も来ないかもしれない……誰もお前を愛さない……(寿司ミーム)」状態になるのですが、前日が休日出勤だったせいか、勢いでそのまま会場に来ることができました。やっぱり予定を入れるのが一番!
性格的(あとお財布の都合的)に早割常連なのですが早割入稿だからブルーになるのではというのが今回の発見でした。


設営について
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2回目のイベント参加から、IKEA のベッド用机(FELFRITT フェルフリット)を使用しています。めちゃくちゃ重いし嵩張るし、簡単にはお勧めできないんですが、やはり安定感が違うのと、高さが出るだけでなく本を斜めに見せられるのがお気に入りです。
皆さんほとんどが手元の宝の地図を見ながら移動されているので、だいたい110cmくらいのところに情報があると、遠くからでも視認できるだろうということで、この台を使っています。下に在庫も置けるので非常に便利です。
とはいえ、女性向け二次創作は会場の周り方の回遊性が低いので、あんまり意味はないかもしれません。が、出来るだけ見やすいようにとは考えています。
ポスターは今回B2を横に使ってみました。というのもB2を縦に使っても下の方は目に入らないんですね。あと台の横幅とポスターの横幅がほとんど同じで見栄えがいいので、B3縦の長さで今回は印刷してみました。覚めるような青が綺麗に出てバッチリのポスターでした。
布は初参加の時から90cm 幅のシフォンファブリックポスターを使っています。シフォン素材なのでシワになりにくいのがお気に入りです。韓国のECサイトから購入しました。
パネルはコンビニでA3印刷して、スプレーのり(77)で貼ってハレパネスタンドをつけています。ハレパネスタンドはあると便利です。
設営は友人に手伝ってもらいました、手際が良くて助かってます、BIG KANSYA。


差し入れについて
毎度、ご準備・差し入れありがとうございます!お菓子、お茶、ホットマスクなど有り難く使わさせてもらいます。またお手紙もありがとうございました。じんわり噛み締めております……大切に保管させていただきます。差し入れのお返しをお渡しできなかった方もいらっしゃり、申し訳ありませんでした。
私からは毎度リムテーの中国茶とアイマスクをお渡ししています。最初はお茶やコーヒーだけだったのですが、事情によりカフェインが取れない方もいらっしゃるので、アイマスクも入れることにしました。アイマスク最強!イベント直前に遠方に行った時はお土産をつけています。12月のイベントはお土産がつくはずです。
お付けしているシールは今回からホログラムキラキラ仕様になりました。やっぱキラキラはかわいいね!
念のため、差し入れは任意なので今後ともお気遣いなくです!


開場期間について
今回はイベント前ブルー対策のために逐一数字を記録して、需要予測式を書いて(?)心を落ち着けていたのですが(?)開場のアナウンス後、一人目の方がいらっしゃった瞬間「俺はたった今からデータを捨てる!(テニプリ乾)」になりました。実際、過去を凌駕(テニプリ乾)するほど楽しかったです。たくさんの方にお越しいただいだだけでなく、一人一人とお話できたのがよかったです。私の方からも感想を伝えられたのもよかった。
フォロワーさんに店番をお願いして会場を歩いて、いろんな本があるな〜!とウキウキしました。文仙の頒布物もゲットしましたのでかなりホクホクしています!
私の存在が少しでも誰かの本作りの力になっていれば嬉しいですし、私ももっといい本作るぞ!と元気が出ました。


新刊について
楽しみに待ってくださった方がいらっしゃって、本当に本当に嬉しかったです!マジ!よかった〜!!!Happy〜〜!!!!(ファレル・ウィリアムス)
いちおう分冊3冊でラストまで刊行して、完全版も別に発行するという、なんともややこしいスタイルなのですが思っていた以上に手にしていただいて嬉しい限りです。
というか形になるってめっちゃ嬉しいんだよな〜〜!!表紙の青色も綺麗に出ていて、装丁がシンプルな分、同人誌って感じがしてこれはこれでよいなと思いました。
私に余程のことがない限り、本は予定通り完成すると思います。みんなが飽きるのが先か!本が完成するのが先か!という感じですが、これ以上ペースを早めるのは難しいので、来年7月発行になると思います。万難を排して、サークル申し込みします。無理なら通販先行とかにすると思う。

無配について
現パロ小説『もつれの反照』と同軸の、アラサー文仙の話です。
長編漫画を描いているのに急に降ってきたので少しずつ書き始めようかと考えています。
pixiv に勢いで投稿していたのですが、無配のために修正して再度公開しました。
離婚から始まる現パロアラサー文仙
これも本にしたいな! やりたいことが多すぎるぜ


おわりに
ここ最近「AI の開発と活用で全てを加速させよう!」という雰囲気の中で生きざるを得なくて、めちゃくちゃに速度を上げられたランニングマシーンに乗せられているようで、息が上がって苦しくてみんな緊急停止ボタンを押したいけども、押したら押したで置いていかれるから押せないみたいな状況が続いています。
そんな中でランニングマシーンに乗せられたのとは全然違う身体を使う領域として、趣味の同人という存在が、意味を持つのではないかと、ここ数日で物凄く実感を持っています。
自分のやりたいようにやる、ということ。物理の本があるということ。それを介して推しカプって良いですよね、と語らうことが、いろんなものの防波堤になってくれる予感がするイベントでした。まあいうて原作ありきの二次創作ではあるんですけども。いい距離感を保ってこれからも、文仙の本を出したいなと思いました。文仙ってほんとうに最高なので、いろんな形で最高だということを伝えたいです!

おしまい

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現パロ文仙
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こういう韓国風ファッションやって欲し〜と思って着てもらった。
私の中の現パロ仙蔵ってちょっと緩めのファッションしているイメージある。骨格ナチュラルかな。
バミューダパンツ絶対似合うんだよな〜!アシックスと悩んでサンバにした。
文次郎は骨格ストレートだから(妄言)革ジャンとか着て欲しい!
フレアストレート履かせたけど、太ももパツパツだと私が嬉しいな。先の尖ってる革靴でお願いします。
かっちり、ハリのある服が似合うと思う

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『もつれの反照』後の二人。恋人という明確な関係ではないけれど、大切な人という感覚。
でも仙蔵はちょけて「彼氏」って紹介して、関係を聞いた人を驚かせ、文次郎を照れさせたがるんじゃないかな。
文次郎はその後家で、彼氏……彼氏か……って咀嚼してそうな可愛さがある。
ほんと何も起きないどうでもいい日常を大事に、残り少ない大学生活を謳歌してね、という気持ちがある。

息抜きに現パロ描いて楽しかった、また原稿頑張るぞ

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2026年8月

装丁と組版の話

note の記事を2つ作成しました。

2025年12月に発行した同人誌の装丁とその作り方
https://note.com/rmarip61/n/n9863525de36...

これまで発行した小説同人誌の組版について
https://note.com/rmarip61/n/n03a61df164d...

この記事を書くに至ったのは、自分にとっての当たり前の基準を一回外部化しておきたかったからです。
"比較的"キッチリしている方だと思うのですが、どうやら"かなり"キッチリしている部類らしいと気づいたこと、それゆえに「ウワー!」となりがちなこと(そしてそれを「いい歳した大人がよ……」と冷笑する自分が同居していること)そのパワーを何かポジティブなエネルギーに変換できないかと考え、これまでは「装丁や組版に関する話は頑張りの話でもあるから、あまり表に出すのもな……」と思っていましたが、公開することにしました。
あとイベント前でどうしても数字に振り回されてしまい、そうでない価値基準を自分の中で再確認したかったのも……ある……。あとあと、某ブックデザイナーさんの講演会と装丁作りワークショップに参加して、それに感化されたのも……ある……。

書いてみて改めて気づいたんですが、二次創作同人誌はコミュニケーションの側面が強いということ。やりたい事をやる、作品を作る、のも同人活動のモチベーションにおいて真だとは思いますが、やはり同志と分かち合いたいから何か書くんだなと。そうした原点に立ち返ると、ブックデザインが迷子にならなくて済むなあと思いました。
「プロダクト的な本」「物語も物としても最高な本」を目指したいなと、気持ちが新たになりました。これからも素敵な同人誌を作るぞ!

ゴタゴタ言いましたけど実際、読みやすいでしょうか、それが、マジで一番気になっています。教えてけろ〜〜〜〜〜!!

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2026年7月

『遅日残光』考証ノート なぜ壮年の物語なのか
そこそこ量があるのでお暇なときにどうぞ🎉


0.はじめに
そもそもの始まりは、二人の生きる世界を知りたい、ということでした。どんな世界で、どんな環境で、どんな日々を過ごしているのか。その手触りを確かめたくて背景の歴史を調べはじめ、気がつけば、文次郎と仙蔵の一生を、生まれてから死ぬまでを考えるようになりました。
この記事群は、その過程で調べたこと、考えたことの記録です。作品の解説ではありませんし、知識をひけらかすつもりはありません。これから、事実の話と、研究者の解釈の話と、私の解釈の話と、作品のための決め事の話が出てきます。どれがどれなのかは、そのつど言葉で断りながら進めることとします。
なぜ壮年という卒業後if がアツいのか、を、皆さんと共有することが本記事の目的です。
1. 定義
「壮年」という言葉を作品を紹介するときに使っています。というのも、三十代後半から四十代を指すと一般的に思われているからです。とはいえ、時代によってどの年齢を指すのかは違うので、まず初めに言葉の側から確かめておきたいと思います。

「初老」という言葉があります。いまは六十歳前後を指して使われることが多いのですが、本来は四十歳の異称です。昔の長寿の祝い(算賀といいます)は四十歳から始まり、以後十年ごとに祝いました。その最初の祝いである四十の賀を、初老の賀と呼んだそうです。老いの勘定は、四十から始まっていました。
つまり当時の感覚では、四十代はもう老いの入口です。ここで扱う「壮年の忍び」は、当時の言葉に置き直すと「初老の忍び」になります。この置き直しを、頭の隅に置いたまま進んでもらえると、後の理解がスムーズかと思います。
2. 問い
忍びの物語は、ふつう若い身体を前提としています。跳ぶ、走る、塀を越える、屋根裏に潜むなど……思い浮かべる動きのほとんどが、身体の頂点を前提にしています。身体の頂点は十代後半から二十代にあり、物語もそこに置かれてきました。原作の学園がまさにそうであるように、忍びの技術を学ぶのも少年たちです。
ところが『遅日残光』という二次創作が描くのは、四十代の忍びです。当時の言葉でいえば、初老の忍びです。
壮年という選択が好みの問題ではなく、調べていった先の帰結だったことを示していくのが本記事の役割です。検証は三段構成からなります。(a) 原作の世界がいつ頃なのかを定める。(b) 忍びという職能の「適齢」を考える。(c) 同じ時期に、時代の側で何が起きていたかを確かめる。三つを重ねると、一つの同時性が見えてきます。
3. 年代の定位: 原作の中の証拠から
まず、不動点から述べます。火縄銃の伝来は天文12年(1543)、種子島と言われています。ポルトガル人を乗せた船が着き、島主が銃を買い求めたという、教科書でおなじみの一件です(ヨーロッパ側の史料から一五四二年とする説もある)。ここから先、この列島に鉄砲が存在します。
重要なのは、伝播の速さです。伝来からほどなく国産化が始まり、数年のうちに堺・国友・根来といった生産地で量産の段階に入って、十数年のうちには合戦で当たり前に使われる武器になっていきます(三鬼 2012)。刀鍛冶の技術と商人の流通網が、もともとこの列島に揃っていたのが大きな影響であると考えられています。

原作にはこの火縄銃が登場します。銃が珍しがられる世界ではなく、銃のある世界です。そしてもう一人、南蛮風俗を好む有能な大名・黄昏甚兵衛がいます。造形に織田信長を思わせるところのある人物ですね。南蛮の文物や信仰が大名たちに届くのは宣教師の来日(1549年のザビエル以後)からのことですから、この大名の存在も、時代の目盛りとして読めます。

ここからは私の推定になります。原作の生徒たちは、おおむね十歳から十五歳。銃が当たり前にある世界で、信長を思わせる大名が活動している——この二つを重ねると、学園の「いま」は永禄の後半から元亀の頃(1560年代後半〜1570年代初め)に、生徒たちの生まれはおおむね永禄の頃に落ち着きます。念のため言い添えると、原作は年代を特定していません。特定しないのは原作の設計です。ですからこの定位は、原作の読み方の提案ではなく、あくまで本作のための作業仮説です。
『遅日残光』は、この仮説に従います。ここから数えると、二人の四十代はおおむね慶長年間(1596〜1615)の前半に重なります。関ヶ原(1600)を四十代で迎える世代です。

この世代の一生を、年表に重ねてみましょう。生まれたときには、銃はもう広まりつつあります。二十歳前後で長篠の戦い(鉄砲が合戦の主役に躍り出る戦)です。三十代で太閤検地と刀狩が進み、三十代の終わり頃に朝鮮出兵が始まって、四十代で関ヶ原を迎える。彼らにとって鉄砲は「新兵器」ではありません。銃のある戦を当たり前として育つ、最初の世代です。そして、銃が完成させていく戦争の形は、5章でみる「統制」に、やがて職能を明け渡していく世代でもあります。
4. 忍びは何で老いるか: 適齢の検討
4.1 職能の中身
では、忍びとはどんな仕事だったのでしょうか。夜討ち、放火、城への潜入や乗っ取り、諜報、調略(敵方への働きかけ)など、戦国の忍びの実像を探る近年の研究は、こうした夜働きの実務を担う者たちの姿を、具体的に描き出しています(平山 2020、山田 2016)。
一見、身体の仕事です。塀を越えるのも夜道を駆けるのも、たしかに身体です。けれども、その実行を支えるものを数え上げていくと、様子が変わってきます。土地勘と人脈、方言と作法、火薬の調合、見たものを覚えて正確に持ち帰る技術、すなわち経験がものをいう項目が並びます。忍術書には「七方出」という変装の型が伝わっています。虚無僧、出家、山伏、商人、放下師、猿楽、常の形の七つです(中島 2017)。商人に化けて城下を歩くには、相場と口上と道中の作法を知らなければ、一言で露見します。変装とは衣装の問題ではなく、知識の問題なのです。

忍びの任務でいちばん重要なのは、敵方の様子を主君へ伝えること、戦闘を極力避け、生き延びて戻ることだったとされます(山田 2016)。私は、忍びの職能は身体技能と同じかそれ以上に、知識労働の性格が強いと考えています。
もう一つ、書物の側からも見ておきます。延宝4年(1676)にまとめられた『万川集海』は、伊賀・甲賀の術を集大成した忍術書です。あらゆる川が海へ集まるように諸流の術を集めた、という書名で、その紙幅の多くを、心の持ちよう、人の使いよう、謀り事が占めています。道具の巻もありますが、主役ではありません(中島 2015)。ただし、これは泰平の世の編纂物です。戦の絶えた時代に、失われていく技を書き残そうとした書物ですから、戦国の実態をどこまで映しているかは、割り引いて読む必要があります。
4.2 一つの記録:島原の乱の甲賀十人
では、実態にもう少し近づける記録はないのでしょうか。年齢のわかるものが、一つあります。
寛永14〜15年(1637〜38)の島原の乱(島原・天草一揆)。九州でキリシタンと農民たちが蜂起し、幕府が大軍を送って鎮圧した大一揆です。元和偃武から二十年余り、泰平が固まったあとの大きな戦でした。このとき幕府方に、甲賀の忍び十人が、みずから願い出て加わっています(山田 2016、川上 2016)。
任務の中身が、具体的に残っています。寛永15年1月6日、松平信綱は甲賀者に、塀際までの距離、沼の深さ、塀の高さ、矢狭間の形を調べて絵図にして出すよう命じました。その夜のうちに五人が塀の下まで忍び寄り、城方が松明を投げて用心するので味方の死骸に紛れて隠れ、城中が静まった時分に測るものを測って、忍び込んだ証拠に出城の角へ堅木を差し込んで帰ってきます。後日には城内へ入り、海側の塀際に置かれていた兵糧を十三俵盗み出し、城中で毎夜何かを唱えているのを、矢狭間ごしに聞き取りもしました(山田 2016)。
失敗も記録されています。二十七日の夜に五名で忍び込んだところ、望月与右衛門が落とし穴に落ちて騒がれます。芥川七郎兵衛がなんとか引き上げて逃げ、塀に飛び乗ったところで二人とも石を打ちつけられ、半死半生になったのを、残る三人が肩に担いで戻ってきました(山田 2016)。
そして、年齢です。二十代の者もいたものの、半数は五十代から六十代だったと、甲賀の記録として紹介されています(川上 2016)。半分以上が、当時の言葉でいう初老をとうに越えています。それでいて、落とし穴に落ちる或いは引き上げて塀に飛び乗るという身体の仕事は若い側が担っています。

ここからは私の解釈です。この記録は「高齢の忍者がいた」という以上のことを示しているのではないでしょうか。判断と経験は年長に、身体は若年に……職能の重心が歳とともに身体から知へ移っていく構造が、部隊の形そのものに現れていると解釈できます。忍びの適齢を身体の頂点ではなく、知識と経験の頂点——四十代前後——に置く読みを、この記録は裏づけてくれると考えました。
ただし、史料には注意が要ります。出典は『鵜飼勝山実記』の系統と「甲賀衆肥前切支丹一揆軍役由緒書案」(山中文書)で、どちらも由緒書、すなわち家の来歴と功績を書き上げ、多くは仕官や恩賞を求めて差し出す文書です。つまり自己申告です。手柄は盛られやすい。ではどこを割り引き、どこを信じるか。功績の華々しさは疑ってかかるとして、部隊の年齢構成のような地味な情報は、盛る動機の乏しい種類の情報です。それでも数字は数字とする、そういう距離感で使うことにしました。
4.3 小結
もちろん、一つの記録から言えることは限られます。それでも、職能の中身(4.1)と部隊の編成(4.2)は、同じ方向を指しています。忍びは身体で老いる前に、知で熟す。当時の言葉が「初老」と呼んだ歳は、この職能ではむしろ頂点にあたる、と解釈します。
5. 時代の側: 群雄割拠から統制へ
三段の最後です。忍びが知で熟していくそのあいだ、時代の側では何が起きていたのでしょうか。年表を抜粋します。
  • 1543 鉄砲伝来
  • 1575 長篠の戦い(鉄砲の大量運用)
  • 1582 太閤検地の開始(以後、順次〜98)
  • 1588 刀狩令
  • 1592〜93 文禄の役
  • 1597〜98 慶長の役
  • 1600 関ヶ原の戦い
  • 1614〜15 大坂の陣
  • 1615 一国一城令・武家諸法度(元和偃武といい天下の戦がここで止んだとされる)

事件を順に追っていくと、武器の話が統制の法に変わり、戦は大陸へ出て、国内へ戻り、最後に制度が戦そのものを閉じている、という構造が立ち現れます。この流れを支えた仕組みを、二つピックアップします。

一つは石高制です。太閤検地では、役人が実際に竿を入れて田畑を測り、村ごとに検地帳という帳面へ、土地の等級と石高と耕す者の名前を書きつけていきました。石高とは、土地の生産力を米の量で表した数字です。この数字を基準に、年貢と、軍役(主君に対する軍事動員の義務)が課されます。つまり石高がわかれば、その土地から何人の兵が出せるかを計算できます。石高で測られた動員力が、大名の配置換えと対外出兵を可能にしました(堀 2010)。
刀狩は、その対になる政策です。百姓身分から刀や鉄砲を取り上げ、戦う者と耕す者を身分として分けていく、のちに兵農分離と呼ばれる流れの目に見える一歩でした。

もう一つは「惣無事」です。天正13〜15年頃、豊臣政権は大名どうしの私的な戦争を禁じていきます。これを政権による平和の強制として捉える見方があります。ただし近年は、まとまった「惣無事令」という法令があったのか、それとも個別の停戦命令の集まりだったのか、議論があります(堀 2010)。

ここからは私の解釈です。私は太閤検地と刀狩を、国内統治の仕上げとしてだけでなく、対外出兵への足がかりであると考えました。検地は動員力の測定であり、刀狩は後方の武装解除ということになります。石高で兵の数が計算できるようになり、国内の火種を減らしてから、大軍を外へ出す。政策の並び順がからそのように解釈しました。もっとも、意図の証明ではなく結果からの読みも混ざりますから、これは私の一解釈として置いておきます。
そのうえで、一つ確かめておきたいことがあります。戦国の終わりは、ふつう大坂の陣と元和偃武(1615年)に置かれます。けれども「戦争を前提とする職能」にとっての終わりは、それより早く、統制の進行とともに段階的に来ます。忍びを雇っていたのは、戦を続ける大名たちです。忍びは傭兵、つまり戦のたびに雇われる存在であり、その市場は、大名たちが恒常的に私戦を続けることの上に成立している。私戦が禁じられ、戦が政権の事業へ一元化されていくにつれて、雇い主の側の需要が細っていく。需要は1615年に突然消えたわけではなく統制の一段ごとに、細っていったのではないかと考えられます。
私戦の禁止と戦争の一元化は、平和の宣言よりも先に、傭兵の市場を終焉に向かわせたと解釈することができます。
6. 交点——同時性
3、4、5章で述べたことの総括です。
銃のある世界を当たり前として育った世代が、職能の適齢である四十代に達するのは、1590年代から1600年代。まさにその十数年に、職能の前提である恒常的な私戦が、制度の側から解体されていきます。
つまりこの世代は、最も多くを知り、最も遠くまで見通せる歳に達したちょうどその時に、知識の買い手を失うことになります。職能の全盛と、職能の前提の消滅とが、同じ十数年に重なることが明らかになりました。
この同時性は、個人の不運ではなく構造です。そしてこの構造は、若い忍びでは書けません。若ければ、アンラーニングできたかもしれない。しかし、そうするには遅すぎる年齢・全盛の歳においてのみ、積み上げたものそれ自体が悲しくも宙に浮くのではないでしょうか。
本作が壮年を選ぶ理由は、ここにあります。
遅日は、春の季語です。日は一年でいちばん長くなりながら、それでも暮れていきます。
余談
第6章で「構造」と呼んだものを、端的に言うと「歴史のうねり」になります。歴史のうねりに翻弄される男は、悲しくて、セクシーじゃないですか! 積み上げてきたものの価値が、本人の落ち度ではないところで動いてしまう、その渦中にいる男の顔を、私は見たい!!私の性癖です。見たいよ〜ん!! 侯孝賢の悲情城市とかエドワード・ヤンの牯嶺街少年殺人事件とかが大大大好きなのですが、そんな感じで描き手である私がウワーーーとなりながらプロットを練りました。

もう一つ。私の思うBLとしての旨みの話になるんですが、歴史のうねりに生き方を迫られるというのは、これまでどう生きてきたかを問い直させられる、ということでもあります。そのときに、これまでの生き方の核に相手がいたことの重みがあるという……私が壮年に感じている萌えの芯は、たぶんここです。若ければ、恋はこれからの話でいられます。壮年の恋には「これまで」の厚みがあって、生きてきた時間がそのまま、ふたりの話の重さになる。宙に浮いてしまった「積み上げたもの」の芯に、相手がいる。こんな悲しいことがあるんでしょうか!!!壮年BL もっと読みたい。

それから、いろいろ調べて思ったのが、記録に残ったのは、名前と年齢の並びと任務の首尾だけです。けれどもその一人ひとりに、ご飯を食べて眠る日々があったはずで、そこから先を考えるのは学術研究でも考察でもなく、フィクションの仕事だと私は思っています。私が二次創作を作っている理由の、たぶん半分はここにあります。
そしてこれは、戦国だけの話ではない気がしています。職能の前提が、本人の与り知らないところで動く、これは時代固有の悲劇に見えて、いつの時代にもある話です。私はその普遍性に萌えています。

読む人を選ぶ話なのは重々承知しているのですが、少しでも萌えが共有できていれば幸いです。

別稿では文次郎と仙蔵の卒業後の設定についてもお話しできればとおもいます。

参考文献
  • 堀新(2010)『日本中世の歴史7 天下統一から鎖国へ』吉川弘文館
  • 三鬼清一郎(2012)『鉄砲とその時代』吉川弘文館
  • 中島篤己(2015)『完本万川集海』国書刊行会
  • 山田雄司(2016)『忍者の歴史』角川選書
  • 川上仁一(2016)『忍者の掟』角川新書
  • 中島篤己(2017)『忍者の兵法 三大秘伝書を読む』角川ソフィア文庫
  • 山田雄司(2019)『忍者の精神』角川選書
  • 平山優(2020)『戦国の忍び』角川新書

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表紙用紙の選定と、束見本の制作


『遅日残光 完全版』の仕様を決め始めている。
こだわりは一つだけで、開きやすいこと。240ページは厚い。厚い本が開きにくいと読む人の手が疲れる。私は読む人の手に疲れることを望んでおらず、疲れるなら内容で疲れて欲しいと思っている。

製本はガンダレ製本にすると決めた。表紙を長くして、小口で内側に折り返す製本のことであり、同人誌の界隈ではフランス製本とも呼ぶらしい。表2・3や折り返し部分への仕掛けを想定しているが、これは副次的なもので、表紙用紙を部分的に重ねることで表紙そのものが厚くなくとも強度を出すことを目的として、ガンダレ製本を選ぶ予定である。

その製本方法を前提として、表紙の紙探しを始めることにした。表紙の紙を決めるということは、本を手に取った時の第一印象を決めるということに他ならない。これまで発行した同人誌はいずれも、触れた時、意味付けや記号が後景に下がり、生感がある紙を選んできたつもりだ(現パロのR18本は敢えてクリアPPという手触りで実験感を演出しているつもりである)。

高級感があり、記号的理解を求めず、表紙用紙としての強度を持つのに相応しい紙はないかと調べた結果――気包紙という紙に出会った。空気や気持ちを包む紙、という名称でパッケージ用として製作された用紙である。針葉樹パルプの配合率が高く、強度に優れ折り耐性が高いのが特徴で、紙厚を1ランク落としても強度が担保できるという。用紙価格は当然ながら紙の色の濃さや紙厚に比例して高くなっていくので、端的に言えば「高級感のあるふりをしながらコスパのいい紙」である。あと、パッケージ用というだけあって、耐光性にも優れており保管にも向いていそうである。
手触りを確かめるために、U-FS のディープラフ、ミディアムラフ、ライトラフの三種類を購入した。紙の特性であろうが、いずれも和紙っぽい風合いがあり、ディープラフはあたたかい、ミディアムラフはさらり、ライトラフはさわやかという印象を受けた。本の内容的に紙の質感が重要になってくるので今回はディープラフを本命に進めることにした。

表紙としての適性を図るために、斤量215.5kg と158.5kg のものを発注し、実際折ってみる。215.5kgは頼もしいがちょっと厚すぎるか、158.5kg は表紙の下限くらいの厚みだなということがわかった。
結局これは本の形にしてみないとわからないなということで、気包紙U-FS ディープラフの215.5kgと158.5kgを表紙用紙にできないかと印刷所に相談した。すると215.5kg は機械に入らないと言われた。入らないのか、物理的に。この断られ方に結構安心する。悩む余地がないからである。これがモノづくりの好きなところだなとつくづく思う。

というわけで、158.5kg で束見本を作成してもらった。束見本というのは、本番と同じ紙と同じページ数で作る、印刷される前の真っ白な本である。ガンダレの折り返しはA3版で製作できる上限の67mmと、定番の103mm の2種類お願いした。本文用紙は一番柔らかいニューバルギーである。数日後、白い本が届いた。一週間かかると言われたが、数日後に来た。仕事が早過ぎる。一枚で折った時の頼りなさは本にするとそこまで感じないし、開きやすさは申し分ない。ガンダレの折り返し部分の折り筋も美しい。しかし問題は別のところにあった。

でかい。物としてでかい気がする。

リサーチのために240ページ前後の再録本をジャンル問わず購入していたし、家にあるA5版コミックスを何度も開いて研究したから質量はわかっているはずだった。けど、なんかでかいのだ。判型もページ数も全部自分で決めたのに、届いた白い塊は、知らないサイズをしていた。持つとずしっとくる。片手に収まらない。捲ると、動作が大きい。この動作を240回、読む人に強いるのか? 開きやすい、物理的に読みやすいことを目指してきたが、判型で手が疲れたら意味がないのではないか。頭の中にB6 という選択肢が浮かんだ。

B6の方がいいかも、と思ったのにはもう一つ理由がある。7月にサンプルとして配るためにすでに描き上がったページをA5の本として刷ったのだが、自分の絵が大きく見えた。大きく見えて、野暮ったかった。いろんな人に励ましのコメントをいただいた、出張編集部でも「絵は上手いです、大丈夫です」とのコメントをもらった。けれど、本当に自分の厄介な性格に辟易するのだが、これを240ページ読ませるんですか!?というのが、本を開いた時の率直な感想だった。つまり、自信がないのだ。励ましてもらったのに! 自分の絵を小さく出力すればいくらか見栄えがするのではないか……というのがB6という選択肢の本音である。

何が言いたいかというと、束見本は早めに作った方がいいということである。紙の質も判型の大きさも、自分の自信のなさも、データの上では一切わからない。白い本のかたちになって、はじめて手元に届く。
ちなみにB6にするかはまだ決めていない。決めていないが、B6の束見本を再度発注し(折り返し幅ももう少しノド側に伸ばしたバージョンも制作しようと思う)、B6 で1冊だけ試し刷りしようと考えている。

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2026年6月

トモコレ開始から2ヶ月が経ったので、弊島(ヘテロトピア島)の文仙振り返り

プレイ開始して、早速文次郎と仙蔵のMii を作ったら即仙蔵が片想いしました。
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私の中での文仙って、仙蔵の片想いからスタートしているので解釈一致だなあと嬉しかったです。
厳密には恋なのかどうかは定義が難しいんですが(めんどくさいオタクだなあ)、トモコレはロマンティックがあるという世界観なのでここは一つ管理人として「恋だね!」と肩を押すことにしました。

仙蔵を引っ張り上げたり気にかけたりすることは、文次郎にとって当然のことであり、仙蔵はその行為を嬉しく思っていて、けれど文次郎が他の誰かを同じように助けていたりするのを見ると、あぁそれって自分だけの特別じゃないんだなって思う時期もあったんじゃないかなあと思うんですね。分け隔てなく仲間だからと手を差し伸べる文次郎の事は好きだけど、私にとって特別であってほしいなという気持ちを押し殺して、文次郎に並び立てるように頑張る……そんな仙蔵がいたんじゃないかな。だからそういう意味で片想いだったんじゃないかと。

片想いって恋愛感情だけじゃないですからね、友達とか、職場の人間とか、同級生とか、恋愛感情関係なくその人のことを想っていたら片想いだと私は想っています。急に語るなこのオタクは……。

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そう!こういうことですよ!文次郎は私のもの、くらい言って欲しいんだよな〜〜〜〜〜!!わかります。海に叫ぶのもいいですね。叫ばないにしても海に向かって文次郎の想いを伝える仙蔵、というのはある。あるので140字小説にして本にしました。

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だいぶん拗らせてんな、片想いというのは人をおかしくさせる。

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めっちゃい組っぽくて好きなアクションですね。やっぱり片想いしているから、腹の探り合いをしているのでしょう……。この一文だけでSS一本書けそうだな。書こうかな。

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片想いでもだもだしている矢先、急に文次郎が恋に落ちました。
急だな!しかもいきなり大好き超えて超好きになってるし。
文次郎って(獅子座なのもあるし原作者先生が純粋だって言っていたらしいのも考慮して)情熱家だと思うんですね。何かが積み上がって、あれ、好きかも、というタイプというよりかは、雷に打たれたように突然「仙蔵のことが好きだ!!!」になるんじゃないかなと。これも140字小説に書いたな……。だから急に好きだって言い出すのは、わかるな〜となりました。
ただ私に相談して、仙蔵のことが好きでした、って流れだったので慎ましやかさがあるのも味わい深かったですね。

両思いになってからは早かったです。仙蔵が告白したいと言い出したので即OKしました。
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いやまんますぎるだろ。仙蔵がやりそうな告白すぎる!!!テンション上がりました。いやあそうなんだよな、付き合ってやってもいいくらいのこと言いそうなんだよなコイツ……。Switch 放り投げて笑った記憶があります。


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でOKするんだよなこの男は〜学園イチ甘い男だ、主に仙蔵にだけ甘い男だ……何でも許しちゃうとかではなく、仙蔵という男はこういう言い方しか出来ないんだよなとわかっていてのこの笑顔なのだと思います。
文仙ってどっちも素直じゃないよね、その緊張関係がめちゃくちゃエロいのですが……。付き合い始めの二人ってうまく相手に甘えられなくて、どうしたらいいのかわからなくて、遠回りして遠回りして婉曲して婉曲してやっと手繋げるくらいの感じなんだと思います。いいよねえ。

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恋人になって早速結婚したいにステータスが変わりました。早い早い。
ここで妄言なのですが(ずっと妄言ですよ)文仙って0日婚しそうなんですよね。恋人すっ飛ばしていきなり結婚しそう。
「私はお前と結婚するメリットがあり、お前も私と結婚するメリットがある。ならもう結婚しないか」「ありだな」で結婚しそうなんですよ!!!マジでこれは色んな人に言いたい。そのあとからロマンティックが追いついてきて、ドキドキするという……これなんか見たことあるなと思ったら逃げ恥ですね。いやめっちゃあると思うんだよな〜

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おーー文次郎からプロポーズするのか!わかります。編集とかもなくマジでずっと解釈一致なんですが今作のトモコレすごいな!?私に都合が良すぎるのでは。
これはプレイした人はわかると思うのですが、プロポーズを成功させるためには弾幕ゲーをクリアしなければならないので注意です。結構難しかった。セーブ推奨です。
ちなみにプロポーズしそうな気配を察知してスーツに着替えさせました。

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やった〜〜!!!!無事プロポーズ成功です!!マジで、100本の薔薇の花束持って想いを伝えられる男なんですよ文次郎は……覚悟決まったら結構ベタなことというか恥ずかしいこともいっぱいやってくれる男ですよ文次郎は……
それで仙蔵は「恥ずかしい!!!」と思いながら文次郎も恥ずかしいの覚悟してやってくれているという漢気を理解して手を取るんだと思います。いいね。文仙forever……

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今振り返ったら、もう少し恋人の駆け引きがあった方が楽しかったかもなぁとも思いますが、如何せん私が文次郎と仙蔵だけを作って血眼で関係を構築させたためです。相手固定の女の悪いところが出ました。
他のプレイヤーの動画とか見てたら、手を繋ごうとして繋げないとかそういうイベントがあったみたいです。見たかったな〜!


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バカップルだ!!!ありがとうバカップル

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うわ〜〜!!仙蔵がケーキ買って帰ってきたら、文次郎もケーキ買って帰ってきたやつだ!!
これ文次郎の誕生日会の文仙版みたいなエピソードだなあ。団子買ってきたら向こうも団子買って帰ってきたという愛の話のやつだ。プライベートビーチで火を囲むのも見れて嬉しいな。室町でも現パロでも火を囲んでラブラブしておくれ。

そうこうしているうちに子供が産まれました。
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ネーミングセンスが独特すぎて笑ってしまいました。
しかしこの子供の成長ムービーが感動的で……赤ちゃん視点で優しく覗き込んでいる二人の顔が映った瞬間、鼻の奥がツンとなりました。
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赤ちゃんが初めて立った日、二人で見届けられてよかったね。子供、お風呂に入れて手を焼いてしょぼしょぼになっているとか駄々こねている子供の言うこと聞かないとか、文次郎が親をやっているのが似合いすぎると同時に感動してしまって……。仙蔵も三人の思い出をたくさんカメラに収めようとしていて、いいなあとか。
ああ、二人が子供を持つと、子育てをするとこういう感じなんだという、なかなか見られないというか、ファンフィクでもトリッキーなことをしないと見られない光景が、こうしてゲームで目の当たりにすることができてよかったです。

この子供は大きくなって島の外に出て行きました。酷な管理人でごめんね。
二人のラブラブな日常をまだまだ見ていたいんだ……。

代わりに(?)二人にほわぬいをあげることにしました。
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結構いい出来なのではないでしょうか。撮った写真を元にドットを打ちました。

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これ、ペットという指定にして鳴き声をそれぞれ「ギンギン」「かんぺきだ」にしました。ちゃんと鳴いてくれて嬉しい。
仙蔵が可愛がってくれていて、可愛がっているお前が可愛いよ……とニヤニヤして眺めていました。

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そうなんよ。いつまでもこのままでおってくれ。

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観覧車デート!!!甘いね、嬉しいな

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トモコレには旅行の機能があるので色んなところに行かせています。私自身、旅行が好きなので推しキャラが色んなところに行ってくれるのが本当に嬉しいですね。北米と中南米だけじゃなくてヨーロッパも何回も行ってもらってます。

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のろけたデートって何?!?!言葉が可愛すぎる!!好きだよ〜って言いながら浜辺で語り合ってるの?ほら髪が顔にかかってるよ、うん……みたいな、当人にとっては当たり前なんだけど、見てるこっちが恥ずかしくなるようなそんなデートなのかしら……体育座りでいるけど本当はもっと距離が近いんだろうな〜
トモコレ点ける度にデートしてるし、私を呼び出してデートに誘いたいだとか、日頃の想いを伝えたいだとか言うし、関係値も最高のところから変化しないのでそうやっていつまでもラブラブでおってくれ

そう思っていた矢先、関係値に変化がありました。
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「かけがえのない人」が最高値なのですが、文次郎が仙蔵にちょっとムッとしたらしく二段階ほど下がっていました。当の仙蔵は何も思っていないらしく、ちょっとしたすれ違いが勃発していました。
ずっと順調にラブラブなのも退屈に思えてしまうのが、人間のサガですね。ちょっとムッとしたり、こいつのここ好きになれないわ〜みたいなのを重ねるのがかえってリアルというか。誰かと結婚するってそういうことなのかもなあと思いました。

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どうやったら「かけがえのない人」に戻るん〜と思いアメリカ旅行に行かせたら元通りになりました。
旅行行って愛が深まるって相当好きなんだな……成田離婚という言葉があるというのに!
そのあとは、二人で夕立の後の空気しちゃおっかって会話していました。訳わかんないけどなんか詩的ですよね。
"むわりと立つ空気、けど真昼の暑さは過ぎ去っていて、夕立に降られて買いそびれたアイス「買いに行く?」なんて言って" そんな一節が浮かびますね。
私の言葉の教え方が悪いのか、マジレスすぎておもんないのか、ちょいちょい変になっています。けれどそれがトモコレの醍醐味なのかもしれません。

そしてその直後、日頃の想い伝えたいイベが発生しました。
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文次郎はアツい男だしこれくらいストレートに愛を告げるだろうな……と思って覚えさせました。花束ありなのが文次郎に似合ってていいイベントなんですよ!

また花を贈っていました。このイベントかわいいよね。花束送る文次郎しょっちゅう見れるのが嬉しい。私の中で文次郎は室町でも現パロでも花を贈る男なので、解釈が一致するので気持ちがいいです。
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あらかわいいわね〜😄って見てたら仙蔵が急にギター取り出して文次郎に歌披露し始めたんですが内容が!
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ずっと好きだとか愛してるだとかしか言ってない!すごい!自作のストレートラブソング歌って聞かせてるの?!バカップルすぎる!かわいい!
仙蔵が歌ってるとちょっと揶揄ってるようにも聞こえるし、酔ってギター取り出して適当に歌い始めるとかでもいいなぁ、ありがたいことよ。
ギターは仙蔵に持たせたんですが文次郎にも持たせるか悩んでいます。
文次郎→仙蔵のどストレートラブソングも聴きたい見たい……二人ともギター持つことになるからセッションするのかもしれない。

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直後に自主練し始めたのバカ笑いました。即興じゃなくてちゃんと考えて歌ってたんだ……

あと食の好みがちょっと似てるんだけどどっちも高級食材なの、い組がよ……!って感じで良いです。文次郎は食の好みが渋すぎますね。あと兵糧丸とか食べてた反動で今世では宇宙食が苦手とかだったらそれはそれで美味しい設定だなと思いました。
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ちょっとしたシーンですがジンときてしまったもの。うたた寝する仙蔵を、料理しながらキッチンから優しく見つめる文次郎……。室町でもそんなシーンがあるといいな。起きた頃には飯も冷めていて「私が起きるまで待ってたのか」「飯を冷ましてるのを待ってただけだよ」って言う文仙はあると思います。
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そんな感じでうちの文仙は穏やかな日々を過ごしています。最近は飯食わせるルーティンだけのことも多いですが、観察していると時々、すごいことが起きます。

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海より深く愛してる??!!?
いい言葉だ、これで一本二次創作書けてしまう。
海より深く愛してると囁きあっている、とかでもなく、聞こえたようです、という表現がいいですね。
二人で海を眺めてチルしてたら、文次郎がぼそりと言った。そんな情景が浮かびました。
あと海の生き物についてロマンチックな会話ってなんだろう。
「不老不死と言われるクラゲがいるらしい。海の中で死なないってどんな気分なんだろうな」
海に溶け出した愛してるの言葉もきっと不老不死なんだよ。

今作のトモコレは島なので海ではしゃぐ二人が見れていいな〜と思ってたらこれです。ありがとうトモコレ。
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